人形供養祭に行ってきました!
雛人形は元々藁で作った人形(ひとがた)で体を撫で、穢れを移したものを川に流すことで厄払いとされていた行事と、貴族階級の女の子が行っていた紙の人形のままごと遊びである「ひいな遊び」が合わさって生まれたものだと言われています。「ひいな」には、小さくてかわいらしいものという意味の他に、大きいものを小さくするといった意味もあったことから人形(ひとがた)とも意味が重なり、いつしか人形(ひとがた)は「流しひな(雛)」と呼ばれるようになっていきます。また、江戸時代になると人形作りの技術が発達し、紙で作られていた流しひな(雛)はより精巧に豪華になっていきました。そうすると人々は雛人形を川に流すのではなく、飾るものへと意識を変えていったのです。それが現在の風習に繋がっています。
自由の星では、毎年七段飾りの雛人形を飾っています。最近では、七段飾りの雛人形を飾る家庭は少なくなってきており、子ども達も三人官女や五人囃子は知っていても随身や仕丁は知らなかったり、下の方の段に飾られているお茶道具や牛車などは見たことがなかったりするようです。実際に間近で見る場を設けることで、日本の文化に親しむ機会を大事にしていきたいと思います。
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